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足利銀行の主な業務内容

足利銀行の歴史

足利銀行は、日本最古の学校「足利学校」があることで有名な、栃木県に本拠地を置く地方銀行です。栃木県をはじめとする栃木県内の自治体の指定金融機関となっているなど、「足銀(あしぎん)」と呼ばれ、地域に密着した金融機関として、長年経営を行っている銀行です。歴史の上でも繊維業が盛んであった両毛地方において、地元の有志や富豪が集まって地域金融機関を作ろうという動きの中、明治28年に現在の足利銀行の母体となる足利銀行(初代)を発足させたのが起こりです。

その後、昭和19年には戦争中の国策として金融機関の強制的な合併や統廃合が行われ、その結果、栃木県内にあった中小の金融機関を統廃合するための受け皿として足利銀行が選ばれ、現在の足利銀行が誕生しました。戦後もこの体制を維持したまま、好景気に沸く日本経済の恩恵を受けつつ、堅実な経営を行ってきたのです。

しかし、バブル到来で状況は一変しました。バブル期には栃木県内でも多くのリゾート開発が計画され、そこに足利銀行が多額の融資を行ってきました。その後、バブルが崩壊すると、それらが多くの不良債権となってしまい、足利銀行自体も債務超過に陥って、銀行そのものの廃業の危機を迎えたのです。結果的に平成25年9月に足利銀行と持ち株会社である足利ホールディングスは会社更生法の適用を申請し、実質的に経営破たんしました。その後、銀行としては異例の一時国有化が図られ、破綻の原因となった不正融資の原因究明とともに、経営再建のための改革が進められました。

その結果、平成20年3月に野村證券を中心とした企業グループにより株式を買収されたことで国有化は終了し、民間企業としての経営再建への道のりを歩みはじめました。平成20年10月には一足早く経営を再建した足利ホールディングスにより株式が再度購入され、元の経営母体に戻りました。これらの紆余曲折はありましたが、破綻時にも預金は保護されるなど、利用者への影響は最小限に抑えられたこともあり、次第に顧客数も回復をたどっています。
 
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